ふかふかのベッドの上ですやすやと寝息が聞こえてくる。

さっきまで響いていたよく通る優しい声がぴたりと止まった。


「奏音、寝ちゃったね・・・」

「ああ。もう遅いから・・・眠かったんだな」


広いベッドの上、奏音をはさんで左に月森、右に香穂子が向かい合わせに

横たわっていた。

そしてすやすやと眠りにつく奏音の頬に香穂子が触れ

少し癖のついた青い前髪を月森がそっとかきあげてやる。

2人の瞳がかち合って微笑み合うとそのままそっとその指先を触れ合わせていき

奏音の胸の上でお互いの掌を重ねあう。

そして互いを繋ぐ愛しい存在に2人の優しい視線が注がれる。

月森の傍らには絵本が置かれていて香穂子は思わずくすりと笑う。


「でも聞きたくて起きてるんだよね、蓮くんの読む童話」


さっきまでこの暖かな部屋の中に響いていたのは童話の書かれた絵本を

流暢な英語で読んできかせていた月森の声だった。

実は甘く優しい声の響きにうっとりと聴き入っていたのは香穂子だったけれど

この時間を奏音も何より楽しみにしている。


「なーんて、蓮くんの英語が聞けて幸せなのは私もなんだけど・・・」


少し頬染めて恥ずかしそうに笑いながらこちらを見つめる

香穂子の言葉に月森の瞳の色が深く色濃く染まっていく。


「俺も・・・。君が楽しげに読んで聞かせるのを楽しみにしているんだ」


毎晩、お話を読んでとせがむ奏音に香穂子の提案で月森と香穂子が交代で

2人ではさむベッドの上で読んで聞かせながら寝入るのが習慣になっている。

最初は戸惑っていた月森も今は慣れてきて瞳を輝かせる奏音の反応を

楽しむまでになっていた。

そしてその向こうで瞳を輝かせて時にはうっとりと聴き入る香穂子の

表情を見ることも幸せだった。

香穂子が読んで聞かせる時の楽しげな様子や場面に合わせて

声色を変える表現の豊かさ。

月森にはやはり真似のできない香穂子らしさに思わず惹き込まれて

聞入ってしまう。

奏音の向こう側でじっと熱い視線で見つめる月森の深い琥珀色の瞳の美しさに

時折どきりとしながらも香穂子も幸せな気持ちで絵本を読む。


香穂子は日本語で。

月森は英語で。


「なぜ俺は英語なんだ?」

「だって日本語より蓮くん読みやすそうだし・・・。

蓮くんの英語の発音は完璧だから奏音のためにもいいかなって」


そっと奏音を間にはさんだままで香穂子の手を取り引き寄せながら

月森の甘い紅茶色の瞳が近づいて唇を軽く触れ合わせる。

それを合図に2人そっと奏音を起こさないように2人きりの部屋へと移動した。


以前2人きりの時寝ていた月森のベッドが置かれた部屋のソファで

月森の腕の中抱きしめられてそっとキスを交し合う。

奏音がいたとしても抱きしめあいキスもする。

けれどやはり2人きりのひとときは格段に熱くて甘いひとときだ。


「ねえ、蓮くん。私ね、やってみたいことがあるんだけど・・・」

「君がやりたいと思うことならやってみたらいい。何か力になれることがあれば

協力するから言ってくれないか?」

「ありがとう・・・。蓮くん。あのね・・・私・・・」

「ん・・・?」

「前に言っていた話、あるでしょ?」


香穂子の言葉に月森の瞳が大きく見開かれた。

そして腕の中の自分より一回り小さな存在に愛しさを

感じながら抱きしめる腕にそっと力を込める。

香穂子が妊娠する前、2人で話していたこと。

月森の監修で香穂子がCDを出す。

奏音の妊娠、出産などでしばらく無理だと思っていたけれど

月森もそろそろ・・・と考えていたことだった。


「ああ。俺もそろそろ・・・と考えていたところなんだ。

でも君も奏音に夢中だし・・・。まだ先の話かなとも思っていたから・・・」


奏音に夢中・・・。

つい言ってしまって月森は頬を赤らめた。

もちろん自分自身も奏音はかわいいし夢中と言えるかもしれない。

でも香穂子の夢中になっている様子にやはり嫉妬を禁じえない。

わかっていたことではあるけれど・・・息子にまで嫉妬してしまう

自分の独占欲は・・・。

思わずため息が出てしまうほどだ。

香穂子がくすくすと笑い出す。


「奏音にも夢中だけど・・・蓮くんにも夢中だよ」

「香穂子・・・」


そう。

だって蓮くんに似てるからよけい可愛いんだよ。

そんな風に愛しい夫の熱いまなざしを見つめ返す。


その腕を抱きしめて・・・。

近づく唇を受け止める。


優しく包み込んでくれる優しさと。

不器用に求めてくるその想いの強さと。

どちらも愛しくてどちらにも幸せを感じる。


「すまない・・・。君のことになると俺は・・・どうしようもないみたいだ」

「そんなことない。いつも感謝してるもの。

奏音だってパパが大好きだよ。

だって、パパみたいなヴァイオリ二ストになりたいって。

そう言ってるもの」

「奏音が・・・?」


びっくりした様子の月森に香穂子が嬉しそうに微笑んでみせた。


2006.7.16